お客様の声
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【西宮市羽衣町|夙川グリーンタウン|60代|毎日眺めていた夙川の桜を、新しい暮らしでも楽しめた住み替え事例|VN様】
私たちは長年「夙川グリーンタウン」で暮らしてきました。
春になると、夙川沿いの桜を見ながら散歩することが毎年の楽しみでした。
子どもたちも独立し、夫婦二人だけの生活になってからは、
「これからの暮らしをどうしよう。」
と話す時間が増えました。
管理のしやすい住まいへ住み替えたい。
でも夙川を離れたくはありませんでした。
インフィニティエステートさんは、「夙川グリーンタウン」の売却だけではなく、夙川エリア内での住み替えも提案してくださいました。
結果として同じ夙川エリアで新生活をスタート。
今年の春も夫婦で桜並木を歩きました。
住まいは変わっても、大好きな街で暮らし続けられることが何より幸せです。
担当:片岡 弘記
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【西宮市北口町|ACTA西宮|50代|転勤をきっかけに資産価値を活かしたマンション売却事例|VL様】
会社から突然、東京への転勤辞令が出ました。
私たちが住んでいた「ACTA西宮」は、西宮北口駅へ直結という利便性もあり、とても気に入っていたマンションです。
最初は賃貸に出すことも考えました。
しかし家族で何度も話し合い、資産価値の高いうちに売却することを決断しました。
インフィニティエステートさんは、「ACTA西宮」の販売実績や現在の市場動向を詳しく説明してくださいました。
販売開始後は多くの内覧希望が入り、想像より早く成約しました。
新天地への引っ越し準備にも余裕ができ、家族全員が安心して新生活を迎えることができました。
住まいは変わりましたが、「ACTA西宮」で過ごした時間は私たち家族の大切な思い出です。
担当:片岡 弘記
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【西宮市上甲東園5丁目|70代|「家を守る人生」から「夫婦を大切にする人生」へ変わった住み替え事例|VJ様】
長年、私たち夫婦の会話は家のことばかりでした。
屋根の修理。
庭木の剪定。
外壁の塗装。
「次はどこを直そうか。」
そんな話ばかりでした。
ある日、妻が笑いながら言いました。
「最近、家の話しかしてないね。」
その一言で気付きました。
家を守ることに夢中になり、夫婦の時間を後回しにしていたのです。
思い切ってインフィニティエステートさんへ相談し、住み替えを決断。
今では休日になると映画を観たり、美術館へ出掛けたり、夫婦で過ごす時間が増えました。
住まいが変わっただけではありません。
夫婦の時間そのものが豊かになりました。
もっと早く決断しても良かったと思っています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市苦楽園一番町|60代|亡き父が毎日座っていた縁側を見て決心した相続売却事例|VH様】
父は毎朝、縁側に座って庭を眺めるのが日課でした。
新聞を読み、お茶を飲みながら季節の移り変わりを楽しんでいました。
父が亡くなってから一年。
実家を整理するため久しぶりに縁側へ座ってみました。
目の前には父が大切に育てていた庭が広がっています。
鳥の鳴き声まで昔と変わりません。
それなのに父だけがいない。
その現実を受け入れるまで、長い時間が必要でした。
「この家を残すことが親孝行ではない。」
そう思えたのは、父が生前、
「家より家族が幸せならそれでいい。」
と話していたことを思い出したからです。
インフィニティエステートさんに相談し、新しいご家族へ住まいを引き継ぐことができました。
父の言葉にようやく応えられた気がしています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市段上町6丁目|60代|退職初日に感じた静けさが住み替えのきっかけになった事例|VF様】
40年以上勤めた会社を定年退職しました。
退職初日の朝。
いつも通り早く目が覚めました。
コーヒーを飲みながらリビングに座ると、家の中が驚くほど静かでした。
仕事中心だった毎日が終わり、これから家で過ごす時間が増えるのだと初めて実感しました。
広い家は掃除にも時間がかかります。
庭の手入れもあります。
妻と話し合い、
「第二の人生はもっと身軽に暮らそう。」
と決めました。
インフィニティエステートさんのサポートで駅近マンションへ住み替え。
今では夫婦で喫茶店巡りや旅行を楽しみ、退職後の毎日がとても充実しています。
あの日の静けさが、新しい人生のスタートだったのだと思います。
担当:片岡 弘記
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【西宮市五月ヶ丘|70代|「家を残すこと」より「笑顔を残すこと」を選んだ生前整理事例|VD様】
子どもたちからは、
「家は好きにしていいよ。」
と言われていました。
最初は遠慮しているだけだと思っていました。
しかし家族会議を開くと、本音を聞くことができました。
「家を残してくれるより、お父さんとお母さんが安心して暮らしてくれる方が嬉しい。」
その言葉を聞いた瞬間、夫婦で顔を見合わせました。
私たちは家を残すことばかり考えていました。
でも本当に残したいのは家ではなく、家族の笑顔だったのです。
インフィニティエステートさんに相談し、住み替えを決断。
今では子どもや孫たちも気軽に遊びに来てくれます。
家は変わりましたが、家族の時間は以前より増えました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲子園六石町|60代|初孫が生まれ「会いに行ける家」へ住み替えた事例|VB様】
長女に初めての子どもが生まれました。
病院で孫を抱いた瞬間、
「これからは孫との時間を大切にしたい。」
と心から思いました。
娘夫婦は電車で1時間ほどの場所に住んでいます。
今の家は駅まで坂道が多く、年齢とともに外出が少しずつ億劫になっていました。
孫に会いに行く回数も自然と減っていたのです。
ある日、妻が
「家を守るより、孫に会いに行ける暮らしを選ばない?」
と話しました。
その言葉が住み替えのきっかけでした。
インフィニティエステートさんに相談し、駅近マンションへ住み替え。
今では思い立った時に電車で孫へ会いに行けます。
住まいが変わるだけで、家族との距離まで近くなるとは思いませんでした。
担当:片岡 弘記
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【西宮市松園町|50代|売却当日、近所の方との立ち話で涙が止まらなかった事例|UZ様】
売却の日。
最後の荷物を運び終え、玄関に鍵を掛けようとした時でした。
近所に住む奥様が歩いて来られました。
「長い間、お疲れさまでした。」
その一言を聞いた瞬間、涙が止まりませんでした。
この家では子どもが生まれました。
近所の皆さんに見守られながら成長しました。
夏祭り。
町内清掃。
回覧板。
家だけではなく、この街そのものが私たち家族の思い出だったのです。
インフィニティエステートさんも最後まで一緒に立ち会ってくださり、安心して送り出すことができました。
今でも近くへ来ると、この街を歩きたくなります。
担当:片岡 弘記
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【西宮市苦楽園三番町|70代|「まだ歩ける今だから」夫婦で決めた最後の住み替え事例|UX様】
ある日、新聞で
「健康寿命」
という言葉を目にしました。
平均寿命ではなく、自分の足で元気に生活できる期間のことだそうです。
記事を読み終えた夫が、
「歩ける今だから動こう。」
と言いました。
その言葉に私は大きくうなずきました。
住み替えは、困ってからではなく、自分たちで選べるうちにしたい。
インフィニティエステートさんへ相談すると、売却から住み替えまで一つひとつ丁寧にサポートしてくださいました。
今では駅や病院、公園も近く、毎朝夫婦で散歩を楽しんでいます。
「元気な今だからできた。」
そのことが私たち夫婦にとって一番良かったと思える決断です。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甑岩町|60代|「父の植えた柿の木をどうする?」家族会議から始まった相続売却事例|UV様】
父が定年退職した年に植えた柿の木が庭にありました。
毎年秋になると実をつけ、孫たちと一緒に収穫するのが恒例行事でした。
父が亡くなり実家を売却することになった時、家族の話題は自然と柿の木のことになりました。
「この木はどうなるんだろう。」
兄がそう言うと、誰もすぐには答えられませんでした。
家だけではありません。
庭にも家族の思い出が詰まっていたのです。
インフィニティエステートさんは、購入希望者様へ庭や柿の木に込められた思いも伝えてくださいました。
成約後、買主様から
「来年も実がなったら子どもたちと収穫します。」
と聞いた時、家族全員が自然と笑顔になりました。
父が大切に育てた木も、新しい家族の思い出になっていくことが何より嬉しかったです。
担当:片岡 弘記
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【西宮市樋之池町|50代|実家のカレンダーが3年前で止まっていた相続売却事例|UT様】
母が亡くなってから、実家へ行く回数は少なくなりました。
売却の準備で久しぶりに家へ入ると、壁には3年前のカレンダーが掛かったままでした。
時計も止まったまま。
食卓には母が最後に使っていた湯のみ。
家の中だけ時間が止まっているようでした。
私はしばらく何もできず、その場に立ち尽くしていました。
家族で話し合い、
「このままでは母も安心できないね。」
という結論になりました。
インフィニティエステートさんは私たちの気持ちを尊重しながら売却を進めてくださり、無事に新しいご家族へ引き継ぐことができました。
今では母もきっと喜んでくれていると思います。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲子園口北町|60代|日本人の買主様へ思い出の家を引き継げた相続売却事例|UR様】
母が亡くなり、甲子園口北町の実家を相続しました。
駅にも近く便利な場所でしたが、私たち兄弟はそれぞれ別の場所に住んでおり、誰も戻る予定はありませんでした。
ただ、母が大切にしていた家だったため、簡単に売る気持ちにはなれませんでした。
庭の花。
台所の食器棚。
家族で囲んだ食卓。
片付けをするたびに思い出がよみがえりました。
インフィニティエステートさんは、私たちの気持ちを急かすことなく、丁寧に販売を進めてくださいました。
最終的に、同じように家族で暮らす日本人のご家族に購入いただくことができました。
母の家がまた新しい家族の暮らしの場になると思うと、寂しさより安心感が大きくなりました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市浜甲子園2丁目|50代|初めて空き家へ入った息子の一言で売却を決めた事例|UP様】
父が亡くなり、実家は3年間空き家になっていました。
私一人ではなかなか整理する気持ちになれず、そのまま時間だけが過ぎていました。
ある日、大学生の息子が初めて実家へ来ました。
家の中を見渡したあと、
「おじいちゃんの家、時間が止まったままみたいだね。」
と静かに話しました。
その言葉にハッとしました。
私自身も時間が止まったままだったのかもしれません。
その日の帰り道、家族で売却を決断しました。
インフィニティエステートさんのおかげで、父の家を大切に使ってくださる買主様と出会うことができました。
父の時間が、また新しく動き始めたような気がしています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市室川町|60代|「まだ使える」が口癖だった父の家を整理した相続事例|UN様】
父は物を大切にする人でした。
壊れた時計も、
古い家具も、
学生時代の教科書も、
「まだ使える。」
と言って捨てませんでした。
父が亡くなり実家を整理した時、その言葉の意味が少し分かった気がしました。
一つひとつに父なりの思い出があったのです。
整理は想像以上に時間がかかりました。
それでも家族で思い出話をしながら片付けた時間は、とても大切な思い出になりました。
インフィニティエステートさんは急がせることなく、私たちのペースに合わせてくださいました。
売却の日は寂しさもありましたが、父へ「ありがとう」と言えた気がしています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲子園口5丁目|50代|娘の結婚がきっかけで夫婦のこれからを考えた住み替え事例|UL様】
娘の結婚式が終わった夜、夫婦で久しぶりに静かなリビングに座っていました。
子どもたちが独立し、この家には私たち二人だけになりました。
ふと夫が、
「この家、広くなったな。」
とつぶやきました。
その言葉を聞いた瞬間、子育てが終わったことを実感しました。
これまで家族のために選んできた家でしたが、これからは夫婦二人の暮らしを考えてもいいのではないかと思うようになりました。
インフィニティエステートさんへ相談し、生活しやすいマンションへ住み替え。
掃除の時間は減り、その分、夫婦で旅行や食事へ出かける時間が増えました。
子育てが終わることは寂しい反面、新しい人生の始まりでもあると感じています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市香櫨園山手町|50代|父が毎日磨いていた玄関を最後に掃除して売却した事例|UJ様】
父は毎朝、玄関を水拭きするのが日課でした。
「家の顔だからな。」
そう言いながら丁寧に掃除をしていた姿を今でも覚えています。
父が亡くなった後、実家を売却することになりました。
荷物を整理し終えた最後の日、兄弟みんなで玄関を掃除しました。
父と同じように水を流し、雑巾で磨きました。
誰も言葉を発しませんでしたが、それぞれが父を思い出していたと思います。
掃除が終わった玄関を見た時、不思議と「ありがとう」という気持ちが込み上げてきました。
インフィニティエステートさんにも最後まで寄り添っていただき、納得して送り出すことができました。
今でもあの日の玄関を忘れることはありません。
担当:片岡 弘記
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【西宮市神垣町|70代|孫の「危ないよ」の一言で住み替えを決断した事例|UH様】
築40年以上の自宅で夫婦二人暮らしを続けていました。
家には急な階段があります。
私たちは慣れているので気にしていませんでした。
ある日、遊びに来た孫が階段を見ながら、
「おじいちゃん、この階段危ないよ。」
と言いました。
その何気ない一言が頭から離れませんでした。
確かに最近は階段の上り下りが少し大変になっていました。
もし転倒したら。
そう考えるようになり、住み替えを検討しました。
インフィニティエステートさんのおかげでバリアフリーのマンションへ住み替えることができました。
孫も安心したようで、
「これなら遊びに来ても大丈夫だね。」
と笑ってくれました。
その笑顔を見て、この決断は間違っていなかったと思いました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市苦楽園一番町|60代|雨漏りをきっかけに実家の売却を決断した相続事例|UF様】
父が亡くなってから実家は誰も住まないままになっていました。
「いつか家族で使うかもしれない。」
そんな気持ちがあり、数年間そのままにしていました。
ある日の大雨の後、近所の方から連絡がありました。
「屋根から水が落ちていますよ。」
慌てて見に行くと、天井には雨染みが広がっていました。
修理の見積りをお願いすると予想以上の金額でした。
その時初めて、
「空き家も時間とともに傷んでいく。」
という現実を受け入れました。
インフィニティエステートさんへ相談すると、修繕して売る方法と現状で売る方法を比較して提案してくださいました。
納得した上で現状のまま売却。
修繕費をかけずに売却でき、本当に助かりました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市老松町|50代|他社では3か月動かなかった物件が1週間で内覧になった事例|UD様】
最初は別の不動産会社へ依頼していました。
3か月経っても問い合わせは数件。
内覧は一度もありませんでした。
価格を下げれば売れると言われましたが、何か違う気がしていました。
そこでインフィニティエステートさんへ相談。
最初に驚いたのは販売方法でした。
写真の撮り方。
紹介文。
ターゲット。
全て見直してくださいました。
販売開始からわずか1週間で内覧予約が入り、その後複数組が見学。
最終的には希望価格に近い金額で成約できました。
価格だけではなく、見せ方が本当に大切なのだと実感しました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲子園三保町|40代|「家を売るなんて考えたこともなかった」ご夫婦の住み替え事例|UB様】
結婚を機に購入したマイホームでした。
子どもも生まれ、この家でずっと暮らすつもりでした。
ところが子どもが成長するにつれて部屋数が足りなくなり、夫婦で将来について話し合う機会が増えました。
それでも、
「家を売るなんて。」
という気持ちがありました。
一生住むために買った家だったからです。
インフィニティエステートさんへ相談すると、
住み替えは失敗ではなく、家族の成長に合わせた選択だと教えていただきました。
売却と購入を同時に進めていただき、希望していた学区内で住み替えが実現。
子どもたちも毎日元気に走り回っています。
今ではあの時決断して本当に良かったと家族全員で話しています。
担当:片岡 弘記