お客様の声
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【西宮市甲子園口3丁目|50代|初めて一人で実家に泊まり、空き家売却を決断した事例|VI様】
父が亡くなってから、実家は空き家になっていました。
片付けのため、初めて一人で実家へ泊まることになりました。
夜になると家の中は驚くほど静かでした。
時計の音。
風の音。
床がきしむ音。
子どもの頃は安心して眠っていた家なのに、一人になるとこんなにも広く感じるのかと思いました。
翌朝、誰もいない食卓を見た時、
「この家は役目を終えたんだ。」
と自然に思えました。
インフィニティエステートさんへ相談し、家族とも話し合って売却を決断。
最後の一泊は寂しかったですが、自分の気持ちを整理する大切な時間になりました。
担当:片岡 沙織
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【西宮市苦楽園一番町|60代|亡き父が毎日座っていた縁側を見て決心した相続売却事例|VH様】
父は毎朝、縁側に座って庭を眺めるのが日課でした。
新聞を読み、お茶を飲みながら季節の移り変わりを楽しんでいました。
父が亡くなってから一年。
実家を整理するため久しぶりに縁側へ座ってみました。
目の前には父が大切に育てていた庭が広がっています。
鳥の鳴き声まで昔と変わりません。
それなのに父だけがいない。
その現実を受け入れるまで、長い時間が必要でした。
「この家を残すことが親孝行ではない。」
そう思えたのは、父が生前、
「家より家族が幸せならそれでいい。」
と話していたことを思い出したからです。
インフィニティエステートさんに相談し、新しいご家族へ住まいを引き継ぐことができました。
父の言葉にようやく応えられた気がしています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市柏堂西町|70代|毎朝雨戸を開けるたびに「あと何年続けられるかな」と考えていた事例|VG様】
私の一日は雨戸を開けることから始まります。
若い頃は何とも思わなかった毎日の習慣です。
しかし70代になってからは、重い雨戸を開け閉めするだけでも一仕事になりました。
ある冬の朝、冷たい風を受けながら雨戸を閉めた時、
「あと何年続けられるだろう。」
とふと思いました。
その夜、妻へその話をすると、
「私も同じことを考えていた。」
と言われました。
夫婦で同じ気持ちだったことに驚きました。
インフィニティエステートさんへ相談し、管理しやすいマンションへ住み替え。
今では朝日が差し込むカーテンを開けるだけで一日が始まります。
小さなことですが、その積み重ねが毎日の安心につながっています。
担当:片岡 沙織
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【西宮市段上町6丁目|60代|退職初日に感じた静けさが住み替えのきっかけになった事例|VF様】
40年以上勤めた会社を定年退職しました。
退職初日の朝。
いつも通り早く目が覚めました。
コーヒーを飲みながらリビングに座ると、家の中が驚くほど静かでした。
仕事中心だった毎日が終わり、これから家で過ごす時間が増えるのだと初めて実感しました。
広い家は掃除にも時間がかかります。
庭の手入れもあります。
妻と話し合い、
「第二の人生はもっと身軽に暮らそう。」
と決めました。
インフィニティエステートさんのサポートで駅近マンションへ住み替え。
今では夫婦で喫茶店巡りや旅行を楽しみ、退職後の毎日がとても充実しています。
あの日の静けさが、新しい人生のスタートだったのだと思います。
担当:片岡 弘記
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【西宮市南昭和町|50代|実家の台所で母のレシピノートを見つけ、前を向けた相続売却事例|VE様】
母が亡くなり、実家を整理していた時のことです。
食器棚の引き出しから、一冊の大学ノートが出てきました。
開いてみると、母が何十年も書き続けてきた料理のレシピでした。
私たち兄弟が好きだったハンバーグ。
運動会のお弁当。
お正月のお煮しめ。
ページをめくるたびに、食卓を囲んでいた家族の笑顔が浮かびました。
その日、片付けはほとんど進みませんでした。
兄弟でレシピを見ながら思い出話をして、たくさん笑い、少し泣きました。
インフィニティエステートさんは「思い出を整理する時間も大切ですよ」と声を掛けてくださいました。
売却後はレシピノートを兄弟でデータ化し、それぞれの家庭で母の味を受け継いでいます。
家は手放しましたが、母のぬくもりは今も私たちの食卓に残っています。
担当:片岡 沙織
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【西宮市五月ヶ丘|70代|「家を残すこと」より「笑顔を残すこと」を選んだ生前整理事例|VD様】
子どもたちからは、
「家は好きにしていいよ。」
と言われていました。
最初は遠慮しているだけだと思っていました。
しかし家族会議を開くと、本音を聞くことができました。
「家を残してくれるより、お父さんとお母さんが安心して暮らしてくれる方が嬉しい。」
その言葉を聞いた瞬間、夫婦で顔を見合わせました。
私たちは家を残すことばかり考えていました。
でも本当に残したいのは家ではなく、家族の笑顔だったのです。
インフィニティエステートさんに相談し、住み替えを決断。
今では子どもや孫たちも気軽に遊びに来てくれます。
家は変わりましたが、家族の時間は以前より増えました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市瓦林町|50代|実家のチャイムを最後に鳴らした瞬間、涙があふれた相続売却事例|VC様】
売却の日。
鍵を引き渡す前に、ふと玄関のチャイムを押しました。
「ピンポーン。」
子どもの頃、学校から帰るたびに鳴らしていた音です。
その音を聞いた瞬間、
母が笑顔で玄関を開けてくれた光景が頭に浮かびました。
「おかえり。」
その声まで聞こえたような気がしました。
家は建物ではなく、家族との時間そのものだったのだと改めて感じました。
インフィニティエステートさんは私たちの気持ちを理解し、最後まで寄り添ってくださいました。
鍵をお渡しした後は不思議と晴れやかな気持ちになり、母へ「ありがとう」と心の中で伝えることができました。
担当:片岡 沙織
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【西宮市甲子園六石町|60代|初孫が生まれ「会いに行ける家」へ住み替えた事例|VB様】
長女に初めての子どもが生まれました。
病院で孫を抱いた瞬間、
「これからは孫との時間を大切にしたい。」
と心から思いました。
娘夫婦は電車で1時間ほどの場所に住んでいます。
今の家は駅まで坂道が多く、年齢とともに外出が少しずつ億劫になっていました。
孫に会いに行く回数も自然と減っていたのです。
ある日、妻が
「家を守るより、孫に会いに行ける暮らしを選ばない?」
と話しました。
その言葉が住み替えのきっかけでした。
インフィニティエステートさんに相談し、駅近マンションへ住み替え。
今では思い立った時に電車で孫へ会いに行けます。
住まいが変わるだけで、家族との距離まで近くなるとは思いませんでした。
担当:片岡 弘記
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【西宮市門戸西町|70代|「子どもには片付けで苦労させたくない」と決めた生前整理事例|VA様】
テレビで遺品整理の特集を見ました。
家いっぱいに残された荷物。
困っているご家族。
その様子を見て、妻がぽつりと、
「うちは子どもにこんな思いをさせたくないね。」
と言いました。
その一言が心に残りました。
翌週から夫婦で少しずつ片付けを始めました。
古いアルバムを見て笑い、
子どもの作品を見つけて懐かしみ、
思い出話をしながら整理を進めました。
その流れで家の売却も決断。
インフィニティエステートさんが住み替えまで丁寧にサポートしてくださり、今では夫婦二人にちょうど良い住まいで穏やかな毎日を送っています。
「元気なうちに決めて良かった。」
それが夫婦共通の感想です。
担当:片岡 沙織
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【西宮市松園町|50代|売却当日、近所の方との立ち話で涙が止まらなかった事例|UZ様】
売却の日。
最後の荷物を運び終え、玄関に鍵を掛けようとした時でした。
近所に住む奥様が歩いて来られました。
「長い間、お疲れさまでした。」
その一言を聞いた瞬間、涙が止まりませんでした。
この家では子どもが生まれました。
近所の皆さんに見守られながら成長しました。
夏祭り。
町内清掃。
回覧板。
家だけではなく、この街そのものが私たち家族の思い出だったのです。
インフィニティエステートさんも最後まで一緒に立ち会ってくださり、安心して送り出すことができました。
今でも近くへ来ると、この街を歩きたくなります。
担当:片岡 弘記
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【西宮市大社町|60代|父の工具箱を閉じた日、実家売却を決意した相続事例|UY様】
父は日曜になると必ず工具箱を持ち出し、家の手入れをしていました。
雨どいの掃除。
門扉の修理。
棚づくり。
子どもの頃は、その姿を当たり前のように見て育ちました。
父が亡くなり、実家を整理していたある日、物置の奥からその工具箱が見つかりました。
中には何十年も使い込まれたドライバーや金づちがきれいに並べられていました。
思わず蓋を閉めることができず、父が作業していた姿を思い出して涙があふれました。
兄弟で話し合い、その工具箱だけは形見として残すことにしました。
インフィニティエステートさんのおかげで、家も新しいご家族へ引き継ぐことができました。
父が大切に守ってきた家は終わりではなく、新しい暮らしの始まりになったのだと思います。
担当:片岡 沙織
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【西宮市苦楽園三番町|70代|「まだ歩ける今だから」夫婦で決めた最後の住み替え事例|UX様】
ある日、新聞で
「健康寿命」
という言葉を目にしました。
平均寿命ではなく、自分の足で元気に生活できる期間のことだそうです。
記事を読み終えた夫が、
「歩ける今だから動こう。」
と言いました。
その言葉に私は大きくうなずきました。
住み替えは、困ってからではなく、自分たちで選べるうちにしたい。
インフィニティエステートさんへ相談すると、売却から住み替えまで一つひとつ丁寧にサポートしてくださいました。
今では駅や病院、公園も近く、毎朝夫婦で散歩を楽しんでいます。
「元気な今だからできた。」
そのことが私たち夫婦にとって一番良かったと思える決断です。
担当:片岡 弘記
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【西宮市上ヶ原十番町|50代|「実家に帰る場所」がなくなる寂しさを乗り越えた相続売却事例|UW様】
母が施設へ入居し、実家を売却することになりました。
兄弟で話し合いはまとまっていました。
それでも契約の日が近づくにつれ、何とも言えない寂しさがありました。
売却するということは、
「実家へ帰る場所」がなくなるということでもあります。
契約前日、兄弟3人で最後に実家へ集まりました。
何をするわけでもなく、お茶を飲みながら昔話をしました。
子どもの頃のこと。
父に叱られたこと。
母の手料理。
笑ったり泣いたりしながら過ごした数時間は、一生忘れられません。
家はなくなっても、家族の思い出はなくならない。
そう思えたからこそ、前向きに送り出すことができました。
担当:片岡 沙織
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【西宮市甑岩町|60代|「父の植えた柿の木をどうする?」家族会議から始まった相続売却事例|UV様】
父が定年退職した年に植えた柿の木が庭にありました。
毎年秋になると実をつけ、孫たちと一緒に収穫するのが恒例行事でした。
父が亡くなり実家を売却することになった時、家族の話題は自然と柿の木のことになりました。
「この木はどうなるんだろう。」
兄がそう言うと、誰もすぐには答えられませんでした。
家だけではありません。
庭にも家族の思い出が詰まっていたのです。
インフィニティエステートさんは、購入希望者様へ庭や柿の木に込められた思いも伝えてくださいました。
成約後、買主様から
「来年も実がなったら子どもたちと収穫します。」
と聞いた時、家族全員が自然と笑顔になりました。
父が大切に育てた木も、新しい家族の思い出になっていくことが何より嬉しかったです。
担当:片岡 弘記
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【西宮市苦楽園五番町|60代|孫が泊まりに来なくなったことが住み替えのきっかけになった事例|UU様】
以前は夏休みや冬休みになると、孫たちが泊まりに来るのが楽しみでした。
しかし中学生、高校生になるにつれ、部活動や友達との予定が増え、泊まりに来ることが少なくなりました。
広い家には夫婦二人だけ。
ある日、夫が空いている子ども部屋を見ながら、
「役目を終えたのかな。」
と話しました。
少し寂しい気持ちもありましたが、その言葉に納得しました。
これからは夫婦二人の暮らしに合った住まいを選ぼう。
そう決めてインフィニティエステートさんへ相談しました。
住み替え後は掃除や管理も楽になり、孫たちも駅から近くなったことで気軽に遊びに来てくれています。
家は小さくなりましたが、家族との距離は以前より近くなった気がします。
担当:片岡 沙織
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【西宮市樋之池町|50代|実家のカレンダーが3年前で止まっていた相続売却事例|UT様】
母が亡くなってから、実家へ行く回数は少なくなりました。
売却の準備で久しぶりに家へ入ると、壁には3年前のカレンダーが掛かったままでした。
時計も止まったまま。
食卓には母が最後に使っていた湯のみ。
家の中だけ時間が止まっているようでした。
私はしばらく何もできず、その場に立ち尽くしていました。
家族で話し合い、
「このままでは母も安心できないね。」
という結論になりました。
インフィニティエステートさんは私たちの気持ちを尊重しながら売却を進めてくださり、無事に新しいご家族へ引き継ぐことができました。
今では母もきっと喜んでくれていると思います。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲東園2丁目|70代|毎年届く年賀状が減り、住み替えを考え始めた事例|US様】
年末になると、毎年たくさんの年賀状が届いていました。
学生時代の友人。
会社の同僚。
近所の方々。
しかしここ数年、少しずつ枚数が減っていることに気付きました。
ある年、夫が年賀状を見ながら、
「みんな歳を取ったな。」
と静かにつぶやきました。
その言葉をきっかけに、私たちもこれからの暮らしについて話すようになりました。
広い家を維持するよりも、安心して暮らせる住まいへ住み替えた方がいいのではないか。
そう考え、インフィニティエステートさんへ相談しました。
住み替え後は病院やスーパーも近く、毎日の生活がとても快適になりました。
人生の節目は、大きな出来事だけではなく、小さな変化の積み重ねなのだと感じています。
担当:片岡 沙織
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【西宮市甲子園口北町|60代|日本人の買主様へ思い出の家を引き継げた相続売却事例|UR様】
母が亡くなり、甲子園口北町の実家を相続しました。
駅にも近く便利な場所でしたが、私たち兄弟はそれぞれ別の場所に住んでおり、誰も戻る予定はありませんでした。
ただ、母が大切にしていた家だったため、簡単に売る気持ちにはなれませんでした。
庭の花。
台所の食器棚。
家族で囲んだ食卓。
片付けをするたびに思い出がよみがえりました。
インフィニティエステートさんは、私たちの気持ちを急かすことなく、丁寧に販売を進めてくださいました。
最終的に、同じように家族で暮らす日本人のご家族に購入いただくことができました。
母の家がまた新しい家族の暮らしの場になると思うと、寂しさより安心感が大きくなりました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市苦楽園四番町|70代|「毎年の大掃除が最後かもしれない」と感じたご夫婦の住み替え事例|UQ様】
年末になると夫婦で大掃除をするのが毎年の恒例でした。
窓拭き。
雨戸の掃除。
庭の落ち葉集め。
若い頃は一日で終わっていた作業も、最近では何日もかかるようになっていました。
昨年の大掃除が終わった時、夫が笑いながら
「来年もできるかな。」
と話しました。
冗談のようでしたが、その言葉が心に残りました。
私たちはまだ元気です。
だからこそ、元気なうちに住み替えようと決めました。
インフィニティエステートさんのおかげで、管理しやすいマンションへ住み替え。
今年の年末は掃除ではなく、孫たちとゆっくり過ごす予定です。
そんな年末を迎えられることが今から楽しみです。
担当:片岡 沙織
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【西宮市浜甲子園2丁目|50代|初めて空き家へ入った息子の一言で売却を決めた事例|UP様】
父が亡くなり、実家は3年間空き家になっていました。
私一人ではなかなか整理する気持ちになれず、そのまま時間だけが過ぎていました。
ある日、大学生の息子が初めて実家へ来ました。
家の中を見渡したあと、
「おじいちゃんの家、時間が止まったままみたいだね。」
と静かに話しました。
その言葉にハッとしました。
私自身も時間が止まったままだったのかもしれません。
その日の帰り道、家族で売却を決断しました。
インフィニティエステートさんのおかげで、父の家を大切に使ってくださる買主様と出会うことができました。
父の時間が、また新しく動き始めたような気がしています。
担当:片岡 弘記