お客様の声
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【西宮市浜甲子園2丁目|40代|「誰にも相談できなかった」住宅ローン返済の悩みから始まった任意売却事例|XX様】
住宅を購入した時は、この家で子どもが成人するまで暮らすと思っていました。
ところが勤務先の状況が変わり、収入が減少しました。
最初は貯蓄を取り崩して返済を続けました。
「来月には戻るだろう。」
そう思っていましたが、状況は改善しませんでした。
住宅ローンの支払い日が近づくたびに、不安で眠れない日が続きました。
インターネットで調べると、「競売」という言葉ばかりが目に入りました。
家族にも相談できず、一人で悩み続けていました。
思い切ってインフィニティエステートさんへ相談すると、最初に言われたのは、
「一人で抱え込まなくて大丈夫です。今の状況を一緒に整理しましょう。」
という言葉でした。
金融機関との調整や、任意売却という方法について、一つひとつ丁寧に説明していただきました。
売却活動では事情を配慮しながら内覧日程を調整していただき、近隣にも知られることなく進めることができました。
購入してくださったご家族も、
「大切に住まわせていただきます。」
と言ってくださいました。
鍵をお渡しする時は複雑な気持ちでした。
それでも、競売になる前に家族で次の生活へ進めたことを今は前向きに受け止めています。
もっと早く相談していれば、一人で悩む時間はもっと短かったかもしれません。
担当:片岡 弘記
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【西宮市上大市5丁目|60代|「再建築できないかもしれません」と言われ、不安から始まった戸建売却事例|XV様】
父が暮らしていた上大市5丁目の家を相続しました。
築年数も古く、私自身が住む予定はありません。
売却しようと思って相談した時、担当の方から、
「まず建築条件を確認しましょう。」
と言われました。
正直、その時は意味が分かりませんでした。
すると、
「再建築できるかどうかで、購入を希望される方や販売方法が変わる場合があります。」
と説明を受けました。
私は、
「古い家だから建て替えられるのは当然。」
と思い込んでいたのです。
インフィニティエステートさんは、市役所で道路や法令上の条件を確認し、現在の状況を一つずつ整理してくださいました。
調査結果を丁寧に説明していただいたことで、
「分からないこと」
が、
「理解できること」
へ変わっていきました。
販売では、現状を正確に説明した上で、リノベーションを前提に探されているお客様や、条件を理解した購入希望者様へ情報を届けていただきました。
内覧されたご夫婦は、
「古い建物を活かした暮らしを考えています。」
と話されました。
私たちが心配していた建物を、新しい価値として見てくださったことが印象に残っています。
相続した時は、不安しかありませんでした。
でも、不動産は「分からないまま進めないこと」が一番大切なのだと学びました。
正確な情報を確認したからこそ、安心して次の方へ引き継ぐことができました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市苦楽園四番町|60代|新幹線で管理に通った実家、「もう限界だ」と感じて決断した遠方相続売却事例|XT様】
父が亡くなり、西宮市苦楽園四番町の実家を相続しました。
私は関東に住んでいます。
最初は、
「数か月に一度帰れば何とかなる。」
と思っていました。
しかし現実は違いました。
新幹線で帰省し、
郵便物を確認し、
庭木を剪定し、
近所へごあいさつをして帰る。
一日が終わる頃には、また新幹線で戻る生活です。
それを何度も繰り返しました。
ある真夏の日、
庭の草取りを終えた時には、汗で服がびっしょりになっていました。
家の中へ入ると、
誰も住んでいない家は静まり返っていました。
父が毎日聞いていたラジオもなく、
食卓もそのままです。
その時ふと、
「自分は家を守っているのではなく、管理だけを続けている。」
と思いました。
インフィニティエステートさんへ相談すると、
遠方に住んでいることを前提に、現地確認や販売状況を写真や報告書で細かく共有してくださいました。
何度も西宮へ来なくても進められるように段取りを組んでいただけたことで、仕事への影響も最小限で済みました。
購入されたのは、苦楽園エリアで戸建を探していたご家族でした。
契約の日、
「この家で子どもたちを育てたいと思っています。」
という言葉を聞き、父の家にまた明かりが灯ることを想像しました。
遠方だから管理できないと悩み続けるより、
早く相談して良かったと心から思っています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市越水町|60代|「再建築できるか分からない家」、役所調査から始まった相続不動産売却事例|XR様】
父から相続した越水町の実家は、築年数も古く、長い間空き家になっていました。
建物を見た知人から、
「その家は建て替えできるの?」
と聞かれたのが、すべての始まりでした。
正直なところ、私には答えられませんでした。
昔から家が建っていたので、当然建て替えできると思っていたのです。
ところが調べ始めると、
接道条件。
建築基準法。
再建築の可否。
聞き慣れない言葉ばかりでした。
インフィニティエステートさんへ相談すると、
最初に売却価格を話すのではなく、役所で道路や建築条件を確認することから始めてくださいました。
その結果、現在の法令や敷地条件を踏まえた上で、購入を検討される方へ正確な情報を伝えられる状態になりました。
販売では、
住宅として利用したい方だけでなく、建築条件を理解した上で検討されるお客様にも情報を届けていただきました。
契約の日、
「分からないまま売らなくて本当に良かったですね。」
と言われた言葉が印象に残っています。
もし何も調べずに売却していたら、契約後にトラブルになっていたかもしれません。
相続した不動産は、価格だけではなく、まず現在の状況を知ることが大切なのだと実感しました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市高須町1丁目|武庫川あおぞらのまち|40代|「子どもの卒業までは住み続けたい」離婚後の引渡し時期を調整したマンション売却事例|XP様】
離婚することが決まり、一番悩んだのは「武庫川あおぞらのまち」のことでした。
夫婦で共有名義。
住宅ローンも残っています。
売却することには二人とも同意していました。
ただ、一つだけ意見が違いました。
子どもは小学校6年生。
私は、
「卒業するまでは同じ学校へ通わせてあげたい。」
そう考えていました。
引越しの時期だけは譲れませんでした。
インフィニティエステートさんへ相談すると、最初に売却価格ではなく、
「いつ引渡しを希望されますか。」
と聞かれました。
その言葉に救われた気がしました。
売却だけではなく、子どもの生活も考えてくださるのだと思いました。
販売活動では、契約後も一定期間住み続けられるよう、引渡し時期を調整できる条件で募集していただきました。
内覧に来られたご家族にも事情をご理解いただき、
「卒業までお子さんが安心して暮らせるなら大丈夫ですよ。」
と言ってくださいました。
その言葉を聞いた時、涙が出そうになりました。
卒業式の日、子どもが最後に友達と校門で写真を撮る姿を見ながら、
「このタイミングまで待って本当に良かった。」
と思いました。
売却は家を手放すことではなく、家族の節目を守るための時間だったと感じています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市名塩南台2丁目|50代|「すぐに買い取れます」と言われた空き家、仲介売却と比較して決断した戸建売却事例|XN様】
父が施設へ入居し、西宮市名塩南台2丁目の実家が空き家になりました。
私は市外に住んでいるため、週末に車で通い、郵便物の確認や庭の掃除を続けていました。
売却を考え始めた頃、ある不動産会社から、
「この金額なら、すぐに買い取れます。」
と提案されました。
早く売れる。
室内の荷物もそのままでよい。
何度も現地へ通わなくて済む。
魅力的な話でした。
一方で、
「本当に今、この金額で決めてよいのだろうか。」
という迷いもありました。
父が30年以上暮らした家です。
安く手放して後悔することだけは避けたいと思い、インフィニティエステートさんへ相談しました。
相談では、買取と仲介売却の違いを具体的に説明していただきました。
売却までの期間。
室内整理の必要性。
売却価格の考え方。
引渡し後の責任や条件。
それぞれを比較すると、私たち家族が優先したいことが見えてきました。
父の施設費用はすぐに売却しなければ支払えない状況ではなかったため、一定期間は仲介で購入希望者を探すことにしました。
販売開始後、最初の内覧では、
「リフォーム費用が気になる。」
という理由で見送りになりました。
二組目も成約には至りませんでした。
正直、
「あの時、買取で決めた方が良かったのでは。」
と思ったこともあります。
しかし販売状況を定期的に説明していただき、問い合わせが続いていることも分かっていたため、もう少し続けることにしました。
その後、名塩南台周辺で戸建を探していたご家族が内覧されました。
ご主人が庭を見ながら、
「子どもと家庭菜園をしたかったんです。」
と話されたことを覚えています。
室内は自分たちでリフォームする計画とのことで、無事に購入申込みをいただきました。
最初の買取提案より時間はかかりました。
しかし、方法の違いを理解し、自分たちで選んだ結果だったので、途中も最後も納得できました。
不動産売却には、一つの正解があるのではなく、家族の事情によって選ぶ方法が違うのだと感じています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市生瀬町2丁目|60代|隣地の方から「土地を売ってほしい」と言われ、直接売買する前に相談した相続土地売却事例|XL様】
父から相続した生瀬町2丁目の実家は、数年間空き家になっていました。
私たち兄弟はそれぞれ自宅を所有しており、実家へ戻る予定はありません。
そろそろ売却を考えなければと思っていた頃、隣地の方から、
「もし売るのであれば、うちで購入することも考えたい。」
と声を掛けられました。
父の代からお付き合いのある方だったので、最初は、
「不動産会社へ頼まず、直接話を進めてもいいのではないか。」
と考えました。
しかし兄から、
「その金額が適正なのか、どうやって判断するの?」
と言われ、答えることができませんでした。
高く売りたいからではありません。
反対に、相場を知らないまま話を進め、後になって兄弟の間で、
「もっと調べれば良かった。」
となることが心配でした。
インフィニティエステートさんへ相談すると、生瀬町周辺の土地成約事例、接道状況、土地の形状、古家の状態などを確認し、査定価格の根拠を説明してくださいました。
さらに、隣地の方へ売却する場合と一般市場で販売する場合の違いも比較していただきました。
その資料を兄弟で確認したことで、ようやく冷静に話し合うことができました。
その後、隣地の方とも改めて条件について話し合い、双方が納得できる価格と引渡し条件で契約することができました。
契約の日、隣地の方から、
「お父さんが大切にしていた土地ですから、大事に使わせてもらいます。」
と言っていただきました。
知っている方への売却だからこそ、曖昧に進めるのではなく、価格や条件をきちんと整理して良かったと思っています。
父の土地を納得できる形で引き継いでいただき、兄弟全員が安心できる売却になりました。
担当:片岡 弘記
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【神戸市東灘区|一棟収益マンション|50代|税理士との決算前打ち合わせをきっかけに、法人資産の組み替えを決断した売却事例|XJ様】
法人で一棟収益マンションを所有していました。
長年保有しており、毎月の家賃収入も安定していました。
そのため、私は売却をほとんど考えたことがありませんでした。
きっかけは、決算前の税理士との打ち合わせでした。
今後の事業計画や会社の資産について話している中で、
「この不動産を10年後も保有している前提で考えますか?」
と聞かれました。
すぐには答えられませんでした。
建物は今後さらに築年数を重ねます。
設備交換や外壁、防水などの修繕も考えなければなりません。
一方で、本業では新しい事業への投資も検討していました。
家賃が入っているから持ち続ける。
それだけで判断してよいのか、初めて考えるようになりました。
インフィニティエステートさんへ相談すると、現在の年間賃料、稼働状況、管理費用、修繕履歴などを整理し、収益不動産としての売却方法を説明してくださいました。
特に印象に残ったのは、
「今まで収益を生んでくれた物件だからこそ、次の経営判断にどうつなげるかが大切です。」
という話でした。
販売ではレントロールや修繕履歴などの資料を整理し、長期保有を目的とする投資家の方へ情報を届けていただきました。
購入を決められた方は、今後の修繕計画も含めて検討されており、安心して引き継ぐことができました。
売却代金は法人の新しい事業投資に充てる予定です。
以前は不動産を売ることを「資産が減ること」だと思っていました。
今では、会社の将来に合わせて資産の形を変えることも経営判断の一つだと考えています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市毘沙門町|60代|兄弟3人とも「実家には住まない」、答えを先延ばしにしていた相続戸建売却事例|XG様】
父が亡くなり、西宮市毘沙門町の実家を兄弟3人で相続しました。
相続手続きが終わった時、最初に話したのは、
「この家をどうする?」
ということでした。
長男は大阪で家族と暮らしています。
私は神戸市内に自宅があります。
妹も結婚して遠方で生活しています。
誰も実家に戻る予定はありませんでした。
それでも、
「急いで売らなくてもいいんじゃないか。」
という兄の言葉で、そのまま保有することになりました。
最初の一年は兄弟で交代しながら実家へ通いました。
庭の草を抜き、郵便物を確認し、窓を開けて風を通す。
しかし時間が経つにつれ、それぞれ仕事や家庭の予定があり、管理の回数が減っていきました。
ある日、兄弟3人で久しぶりに実家へ集まると、庭木が想像以上に伸びていました。
玄関を開けた時には、以前とは違う空き家特有のにおいも感じました。
妹が、
「思い出を残すことと、家を空き家のまま残すことは違うんじゃない?」
と言いました。
その言葉で、3人とも黙ってしまいました。
インフィニティエステートさんへ相談すると、毘沙門町周辺の戸建需要、建物の状態、現状での売却と修繕後に販売する場合の違いを説明してくださいました。
兄弟で同じ説明を聞き、ようやく全員が売却に納得できました。
購入されたのは、西宮市内で落ち着いた住環境の戸建を探していたご家族でした。
引渡し後、兄が、
「誰も住まない家を守り続けるより、また誰かの生活が始まる方がいいな。」
と話しました。
答えを出すまで時間はかかりましたが、兄弟全員が納得して実家を次のご家族へ引き継ぐことができました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市高木東町|ルネ西宮北口|50代|「駅まであと5分近ければ…」子どもの就職をきっかけに住み替えたマンション売却事例|XF様】
「ルネ西宮北口」を購入した頃は、子どもたちはまだ小学生でした。
学校や公園が近く、家族にとって理想的な環境でした。
年月が経ち、子どもたちも社会人になりました。
ある朝、
長男が駅へ急ぐ姿を見送りながら妻が、
「私たちも生活が変わったね。」
と話しました。
子育て中心だった毎日が終わり、
今度は夫婦二人の生活を考える時期になったのです。
駅までの距離や病院、買い物など、
これから先の暮らし方を夫婦で話し合い、
住み替えを決めました。
インフィニティエステートさんは「ルネ西宮北口」の売却相場だけでなく、
現在の購入希望者の動向や西宮北口エリアの需要まで詳しく説明してくださいました。
販売開始後、
小さなお子様がおられるご家族が内覧に来られ、
「公園が近いのが決め手でした。」
と話してくださいました。
私たちが子育てで感じていた魅力を、
今度は次のご家族が評価してくださったことが、とても嬉しかったです。
住む人が変われば、住まいに求めるものも変わります。
私たち家族にとっても、新しい暮らしへ進む大切な一歩になりました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲陽園本庄町|ネバーランド甲陽園|60代|空き家になったマンション、「月1回の換気」が負担になり売却を決めた事例|XD様】
母が老人ホームへ入居し、「ネバーランド甲陽園」は空き家になりました。
最初は、
「いつか戻るかもしれない。」
と思い、そのまま残していました。
月に一度は換気に行き、
郵便物を整理し、
水を流し、
掃除をする。
それが私の日課になりました。
ところが一年が過ぎても状況は変わりません。
台風が来れば窓が気になります。
寒い日には配管も心配になります。
管理費や修繕積立金も毎月かかります。
「このまま管理を続けるべきなのか。」
そう思い、インフィニティエステートさんへ相談しました。
「ネバーランド甲陽園」の売却事例や現在の市場動向を説明していただき、
保有を続けた場合と売却した場合の違いも比較してくださいました。
販売開始後、
甲陽園エリアでマンションを探していたご夫婦が購入してくださいました。
契約の日、
鍵をお渡しすると、
「大切に住まわせていただきます。」
と言ってくださり、本当に安心しました。
母が暮らした住まいを、また新しい暮らしの場所として使っていただけることが一番嬉しかったです。
空き家を管理する毎月の負担からも解放され、今では母との時間を大切に過ごせるようになりました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市両度町|ラピタス31西宮|60代|査定額が高い会社ではなく「売却計画が見える会社」を選んだマンション売却事例|XB様】
子どもたちが独立し、夫婦二人には少し広く感じるようになったため、「ラピタス31西宮」の売却を考え始めました。
最初に悩んだのは、不動産会社選びでした。
数社へ査定を依頼すると、提示された金額にはかなり差がありました。
一番高い査定額を出した会社にお願いすれば、高く売れるのだろうか。
夫婦で何度も話し合いました。
そんな中、インフィニティエステートさんの説明で印象に残ったのは、査定額そのものではありませんでした。
「この価格で販売を始めた場合、どのような購入者を想定するのか。」
「問い合わせが少ない場合、いつ販売方法を検証するのか。」
「内覧後の反応を、どのように次の販売活動へつなげるのか。」
売り出してから成約までの流れを具体的に説明していただきました。
私たちは、最も高い査定額を提示した会社ではなく、売却計画に納得できたインフィニティエステートさんへお願いすることにしました。
販売開始後、「ラピタス31西宮」で探している方だけでなく、西宮北口駅周辺でマンションを探している方からもお問い合わせがありました。
最初の内覧では成約しませんでした。
二組目のお客様からも返事はありませんでした。
以前の私なら焦っていたと思います。
しかし、内覧ごとの反応や検討理由を報告していただき、販売状況が見えていたため、落ち着いて待つことができました。
その後、通勤利便性を重視して西宮北口エリアで探していたご夫婦とのご縁があり、無事に成約しました。
売却を終えて感じたのは、査定額はゴールではないということです。
私たちにとって大切だったのは、販売中も状況を理解し、納得しながら判断できることでした。
担当:片岡 弘記
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【神戸市兵庫区上三条町|一棟収益ハイツ|60代|満室なのに売却を決断、「今だから売る」という出口戦略を選んだ事例|WZ様】
神戸市兵庫区上三条町で、一棟の収益ハイツを長年所有していました。
ありがたいことに入居状況も安定していました。
そのため、売却を考えていると知人に話すと、
「満室なのに、どうして売るの?」
と何度も聞かれました。
私自身も同じ疑問を持っていました。
家賃収入は入っています。
大きな問題も起きていません。
それでも年齢を重ねるにつれ、将来の修繕や設備交換、入居者対応をいつまで続けるのか考えるようになりました。
問題が起きてから売るのか。
それとも、運営状況が安定している今のうちに次のオーナーへ引き継ぐのか。
判断に迷い、インフィニティエステートさんへ相談しました。
相談では、単純な査定価格だけではなく、現在の賃料収入、稼働状況、年間経費、今後想定される修繕について整理していただきました。
そして、
「収益物件は問題があるから売るとは限りません。状態が安定していること自体が購入者への説明材料になります。」
と聞き、考え方が変わりました。
販売では入居状況や収支資料を整理し、収益不動産を探している投資家の方へ情報を届けていただきました。
購入された方は、
「現在の運営状況を引き継ぎながら、長期で保有したい。」
と考えておられました。
契約が終わった後、寂しさより安心感がありました。
満室だから持ち続けるのではなく、満室の今だから次へつなぐ。
自分にとっては、それが一番納得できる判断でした。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲子園口北町|ステイツ甲子園口二丁目|40代|子どもの進学で変わった朝の時間、家族で決めたマンション住み替え売却事例|WX様】
「ステイツ甲子園口二丁目」での暮らしに、不満があったわけではありません。
むしろJR甲子園口駅を利用しやすく、買い物にも便利で、家族全員が気に入っていました。
住み替えを考えたきっかけは、長男の進学でした。
通学先が変わり、朝早く家を出る生活が始まりました。
それに合わせて妻のお弁当作りも早くなり、家族全員の生活時間が少しずつ変化していきました。
ある朝、眠そうに朝食を食べる息子を見て、妻が、
「これから何年も続くなら、家族全体の生活動線を考えてもいいかもしれないね。」
と話しました。
そこで初めて、住み替えを具体的に考えました。
ただ、「ステイツ甲子園口二丁目」を売却してから次を探すのか、先に購入するのかが分かりません。
インフィニティエステートさんへ相談すると、現在の住宅ローン残高、想定売却価格、購入可能な予算、引渡し時期を一つの表にして説明してくださいました。
数字が整理されると、漠然としていた住み替えが現実的な計画に変わりました。
販売では「ステイツ甲子園口二丁目」の立地や生活利便性だけでなく、私たちが実際に暮らして感じた日常の便利さも丁寧に伝えていただきました。
購入されたのは、小さなお子様のいるご家族でした。
引渡しの際、
「この周辺で子育てできるのを楽しみにしています。」
と言っていただき、私たち家族の次の生活と、買主様の新しい生活が同時に始まるような気持ちになりました。
家族の生活は、子どもの成長とともに変わります。
今回の住み替えは、家が嫌になったからではなく、今の家族に合う暮らしを考えた結果でした。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲子園口2丁目|50代|30年以上営業した店舗、「閉店」ではなく「次の挑戦」につながった事業用不動産売却事例|WV様】
30年以上営業してきた店舗でした。
常連のお客様も多く、
「まだ続けてほしい。」
と言っていただくこともありました。
しかし年齢や体力を考え、閉店を決断しました。
一番心配だったのは、
店舗を閉めることではありません。
この場所が空き店舗になってしまうことでした。
インフィニティエステートさんへ相談すると、店舗の立地や業種だけでなく、
周辺で開業を希望している方への情報発信も積極的に行ってくださいました。
数か月後、内覧に来られたのは、長年独立を目指していた若いご夫婦でした。
「この場所で夢だったお店を始めたいです。」
その言葉を聞いた時、
閉店ではなく、次の方へバトンを渡すのだと思えました。
契約の日、店舗の鍵をお渡しすると、
「大切に使わせていただきます。」
と笑顔で言ってくださいました。
長年営業してきた場所が、新しい夢のスタートになることを心から嬉しく思っています。
担当:片岡 弘記
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【西宮市甲陽園西山町|50代|母の部屋だけ片付けられず、2年間止まっていた空き家売却事例|WT様】
母が亡くなり、甲陽園西山町の実家が空き家になりました。
父はすでに他界しており、私と弟で家財を整理することになりました。
リビング。
台所。
物置。
少しずつ片付けは進みました。
しかし、母の寝室だけは二人とも入ることができませんでした。
ベッドの横には読みかけの本。
鏡台には母が使っていた化粧品。
クローゼットには季節ごとにきれいに並べられた洋服。
部屋の扉を開けるたびに母がまだそこにいるような気がして、結局そのまま閉めてしまう。
そんな状態が2年近く続きました。
その間も固定資産税や庭の管理費用はかかり続けます。
台風の後には、
「瓦は大丈夫だろうか。」
大雨の日には、
「雨漏りしていないだろうか。」
と心配になりました。
弟と相談し、まず売却するかどうかを決める前に、インフィニティエステートさんへ相談しました。
担当の方から、
「全部片付けてからでなくても、まず家の状態を確認できます。」
と言っていただき、気持ちが少し楽になりました。
建物の状態、家財整理に必要な費用、現状で販売する方法を比較してもらい、兄弟で売却を決断しました。
最後に母の部屋を整理した日、鏡台の引き出しから私と弟が小学生の頃に書いた母の日の手紙が出てきました。
二人で笑いながら読み、その手紙だけはそれぞれ一枚ずつ持ち帰りました。
販売開始後、甲陽園エリアで戸建を探していたご家族とのご縁があり、無事に成約。
引渡しの日は寂しさもありました。
しかし2年間閉めたままだった母の部屋にも再び朝の光が入り、新しい暮らしが始まると思うと、ようやく前を向けた気がしました。
担当:片岡 弘記
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【西宮市愛宕山|50代|新居を先に購入、「今の家が売れなかったらどうしよう」という不安を乗り越えた戸建住み替え事例|WR様】
以前から探していた条件に合う新居が見つかりました。
家族全員が気に入り、
「この家を逃したくない。」
という気持ちから、現在の自宅が売れる前に購入を決めました。
嬉しかったのは契約の日まででした。
その夜、自宅へ戻ると急に不安になりました。
「もし今の家が売れなかったら、住宅ローンはどうなるんだろう。」
「二つの家の支払いが長く続いたらどうしよう。」
新居を購入できた喜びより、不安の方が大きくなっていました。
インフィニティエステートさんへ相談すると、まず新居の決済日と引越し予定日を確認し、そこから逆算して愛宕山の自宅の販売計画を作ってくださいました。
最初の販売価格。
問い合わせ数を確認する時期。
内覧後の反応。
価格を見直す場合の判断時期。
それぞれを事前に決めたことで、「ただ売れるのを待つ」という不安な状態から抜け出すことができました。
販売開始後、最初の内覧では申込みには至りませんでした。
正直、焦りました。
しかし担当者の方から、
「反応はあります。ここで慌てて大きく価格を下げる段階ではありません。」
と説明していただき、販売を継続しました。
その後、愛宕山周辺で戸建を探していたご家族から購入申込みが入り、新居の予定に合わせて引渡し時期も調整できました。
新居で最初の夜を迎えた時、妻が、
「やっと安心して眠れるね。」
と言いました。
住み替えは、新しい家を見つけるだけでは終わらないことを実感しました。
売却と購入を一つの計画として進めてもらえたことが、私たち家族にとって一番の安心でした。
担当:片岡 弘記
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【神戸市須磨区妙法寺|収益戸建|50代|退去連絡から始まった「再募集するか、売却するか」の判断事例|WP様】
神戸市須磨区妙法寺で、戸建を賃貸物件として所有していました。
長く住んでくださっていた入居者様から退去の連絡が入った時、最初に考えたのは、
「リフォームして、また貸そう。」
ということでした。
ところが室内を確認すると、設備の交換や内装工事など、想像以上に費用がかかりそうでした。
工事をして再募集するべきか。
家賃を調整して貸すべきか。
空室のまま売却するべきか。
判断できずにいました。
インフィニティエステートさんへ相談すると、再募集した場合の想定賃料、必要なリフォーム費用、保有を続けた場合の収支、現状で売却した場合の価格を比較して説明してくださいました。
以前は家賃収入だけを見ていましたが、空室期間や修繕費まで含めて考えると、見え方が変わりました。
家族とも相談し、今回は空室の状態で収益物件として売却することを決断しました。
購入された方は、自分でリフォームを行い、賃貸運用を考えている投資家の方でした。
無理に費用をかけてから売却するのではなく、現状を評価してくださる方へ引き継げたことで、納得できる結果になりました。
収益物件は「持ち続ければ家賃が入る」と単純に考えていました。
今回の経験で、売却する時期を判断することも不動産経営の一つなのだと学びました。
担当:片岡 弘記
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【芦屋市月若町|ワコーレ芦屋ザ・マークス|50代|東京から相続したマンションを売却、何度も現地へ通わず成約できた事例|WN様】
母が亡くなり、芦屋市月若町の「ワコーレ芦屋ザ・マークス」を相続しました。
私は東京で暮らしているため、一番の不安は距離でした。
仕事を休んで何度も芦屋へ行かなければならないのか。
室内の荷物はどうすればよいのか。
相続登記が終わっていなくても相談できるのか。
分からないことばかりでした。
最初にインフィニティエステートさんへ相談した時、
「まず必要な手続きを整理しましょう。」
と言っていただきました。
司法書士への相談、室内に残っていた荷物の整理、査定、販売開始まで、何をどの順番で進めるのかを一覧にして説明してくださいました。
私が現地へ行ける日に合わせて室内確認や打ち合わせをまとめていただき、その後の報告は電話やメールで受けることができました。
販売では「ワコーレ芦屋ザ・マークス」の特徴だけでなく、芦屋川駅周辺の生活環境や交通利便性も丁寧に伝えていただきました。
購入を決められた方が、
「以前からこの周辺でマンションを探していました。」
と話されていたと聞き、母の住まいを必要としている方へ引き継げたことに安心しました。
相続した時は、遠方にある不動産が大きな負担に感じられました。
しかし一つずつ順番に進めることで、仕事や生活への影響を抑えながら売却を終えることができました。
担当:片岡 弘記
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【芦屋市月若町|ワコーレ芦屋ザ・マークス|50代|東京から相続したマンションを売却、何度も現地へ通わず成約できた事例|WN様】
母が亡くなり、芦屋市月若町の「ワコーレ芦屋ザ・マークス」を相続しました。
私は東京で暮らしているため、一番の不安は距離でした。
仕事を休んで何度も芦屋へ行かなければならないのか。
室内の荷物はどうすればよいのか。
相続登記が終わっていなくても相談できるのか。
分からないことばかりでした。
最初にインフィニティエステートさんへ相談した時、
「まず必要な手続きを整理しましょう。」
と言っていただきました。
司法書士への相談、室内に残っていた荷物の整理、査定、販売開始まで、何をどの順番で進めるのかを一覧にして説明してくださいました。
私が現地へ行ける日に合わせて室内確認や打ち合わせをまとめていただき、その後の報告は電話やメールで受けることができました。
販売では「ワコーレ芦屋ザ・マークス」の特徴だけでなく、芦屋川駅周辺の生活環境や交通利便性も丁寧に伝えていただきました。
購入を決められた方が、
「以前からこの周辺でマンションを探していました。」
と話されていたと聞き、母の住まいを必要としている方へ引き継げたことに安心しました。
相続した時は、遠方にある不動産が大きな負担に感じられました。
しかし一つずつ順番に進めることで、仕事や生活への影響を抑えながら売却を終えることができました。
担当:片岡 弘記